足るを知る

「お前がいっちゃんマトモだからなー」

二週間の帰省を通して最も印象に残った友人たちの言葉だ。僕は今、冬を纏いつつある富士山を眺めながらこの言葉を反芻している。

今回の帰省の目的は彼らとBBQに行くことだった。だが目的であると同時に、帰省自体が少し怖くもあった。それはコロナ禍で会えずにいた内に、自らの存在感が薄れているような気がしていたからだ。僕には僕の日常があり、みんなにはみんなの日常がある。そして僕だけが知らない内輪ノリに愕然とし、益々輪に入りづらくなっていく。

そんなことを考えながらコンロの後片付けをしていると、音楽が聞こえてくる。誰かの誕生日でケーキが運ばれてくる時によく流れる、世界で一番歌われている歌としてギネスに載っているアレだ。あまりにベタすぎて少し勘付いたし、そもそも誕生日まではまだ2週間もある。「あぁ、ここにいてもいいんだ」みんなの日常に僕は相変わらず存在していた。

執着と欲望にまみれた灰色の街ではどうしても自分と他人を比べてしまう。「今日よりもっと良い自分に」「まだまだあいつには敵わない」なんて考えざるを得ない環境が日常になったことで、僕は自然と自己肯定ができなくなってしまっていたのかも知れない。

衣食住はもちろん、車を20分走らせれば遊園地だってある。この街は高望みさえしなければ大抵の欲望は満たしてくれる。そしてみんなは大体の欲望は満たされる現代で、特別向上心を持たなくても幸福を感じられる、物凄く“マトモ”な人間だと思う。僕もとことんマトモになって、自分を認められる強さを手に入れたい。バスが東京に着くまでに、そんな方法が一つでも思い浮かぶだろうか。

僕は何も変わらないみんなに、“あの街”に憧れている。